新しい時代の足音

 

朝目覚めると「さあ、散歩に行くよ」と内なる声が私に呼び掛けてきます。ぬくぬくといつまでも布団にくるまっていたいのを「えいやっ」、と布団をはねのけて至福の温もりから抜け出し、冷え切った部屋の空気にブルブル震えながら、素早く服を着替えて外に出ます。外に出て、朝の空気を吸い込むと爽快な気分になってきます。そうなってしまえば、しめたもの、あとはただ足を踏み出していくだけです。

私が毎朝散歩する公園には銀杏の並木道があります。表参道などの立派な銀杏の樹の並木道ではありません。まだ若い銀杏の木々が散歩道の両側に控えめにならんでいます。名前も「○○せせらぎ公園」とこの町内の名前が付いたこの散歩道は、毎朝学校に通う子供たちの集団登校の集合場所になっていることもあり、子供たちが集まり、犬の散歩をする人、私のようにウォーキングを楽しむ人、様々な人が行き交う散歩道です。

自然の中の命の仕組みは何を望んでいるのか

今葉を落とし冬の冷たい風に吹かれて、銀杏の木々が立っています。乾いてポキッと折れそうな枝を試しにぎゅうと押してみると、驚く程の柔軟さで押し返してきます。外の硬く枯れた表皮からは想像出来ない程、実は柔軟であることが分かります。乾いた枝の樹皮の下、奥に新しい芽が春の訪れを待っています。冬の樹々はじっと春の芽吹きのエネルギーをその身の内に満々と貯めているのです。

銀杏の木々のこの変わることのない営みは、命をはぐくむ自然の大きな力を感じさせてくれます。人の人生にも、社会の変化にも、はたまた人類の文明の変化にも、同じ命の営みの流れが働いているように感じるのです。

ある方向性、ある意志とでもいうのでしょうか、その大きな意志はこれからの世界に何を望んでいるのでしょうか。

日本古来の叡智が必要とされる時代

多くの覚者がご指摘下さっているように、これまでの物、お金、我良しの考え方は根絶されていく、その中で古来の日本文明の叡智が世界に必要とされる時代になる、これまで隠されてきた日本古来の文明がついに表に顕れてくる、時が満ちて人々の前にその姿を現す時がやってくる、今そんな予感ワクワクを感じています。原日本人が守るために隠し、外来勢力が日本の魂を弱体化させるために隠蔽し、そして忘れられてきた日本古来の叡智が、これからぞくぞくと日の当たる場に顕れてくる。そんな予感です。

数年前までは、ほとんど知る人のなかったカタカムナ、秀真傳(ほつまつたえ)、神代文字などの言葉と内容が、ネットで普通に見られるようになりました。それらの内容は知れば知るほどに深く、日本古代の叡智の凄みに足のすくむ思いを感じています。これから、もっと表面に顕れてくる、縄文以前の巨石文明の遺跡も、遥かな神話の世界が証明される、そんな時代がやってくる予感がしています。

これまでの常識が、ここでも覆される楽しい予感です。

 

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